無量寿の接点(其の1)

 学生時代の長期休みのこと。
2、3日予定がない時が続くと、買い物以外は下宿先から出なかったこともありました。

 そうすると、会話をすることは、コンビニやスーパーの定員さんとだけです。
 会話といっても、「袋いりますか?」「○○円です」「○○円のお返しです」という言葉を聞くだけであって、こちらからは言葉を交わすことはありません。

 どこかの食堂に入ったとしても、マニュアル以外の会話を交わすことはありません。
 つまり、心を通わせていくということもありません。

 味気ないといえば味気ないですが、余計なことはしなくていいという意味ではお互いに気楽なのかもしれません。
「何もないですが、まあどうぞごゆっくり」と、にこっと笑顔を向けられると、マニュアルにはないですが、心が和んでいきます。

 さて、休みが明け、学校が始まると友達と会います。顔を見て、会話をします。
 他愛のないことですが、誰かと出会い、声を掛け合う。私たちの日常の中で、これほど心を支えるものはありません。

 流行禍下での活動制限の際、やはり人との触れ合いや、人と直に接することが、どれほど自分にとって豊かなものであったのかということを知らされました。
 直接会う。顔を見る。触れるという誰かが誰かを思う心が、声となり、はたらきとなる。身近なところで、感じることでもあります。
 

(2月16日・其の2へ続く)