特急人生「かがやき」(其の2)

(11月1日・其の1より続)

「何のために生まれてきて、いのち終えていくとはどういうことか」という人生そのものの問いは、忘れ物ではなかったでしょうか。

「われに任せよ、必ず救う、浄土に生まれさせ、仏にならしめん」と誓われた阿弥陀さまの願いに照らされるとき、決して空しくは終わらない人生が開かれて生きます。

 この人生を何を依り所として歩んでいくのか。私のいま、ここに響く南无阿弥陀佛は、多くのつながりの中で、生かされているいのちであり、どのようないのちの姿であったとしても、かけがえのない輝きの放ついのちであることを教えてくれます。

 いのち終えていくことは、仏として、お浄土へと参らせていただく人生であったと聞かせていただきます。

 そして、お浄土へと参らせていただくということは、この世界に「南无阿弥陀佛」のはたらきとなって還り、残してきた大切な方々に「生の依りどころを与え、死の帰するところを与えていく」よう導く身とならせていただきます。
 南无阿弥陀佛にみちびかれるいのちは、生死も貫いて、輝いていくようないのちのあり方を教えていただくのです。