平和の宿題

 日中、普段は学校に行っている小学生が、この季節は公園や、友達の家へ遊びに行く途中でしょうか、道路で信号待ちをする姿をよく見受けます。
 宿題を終えている子もいれば、まだひとつも手を付けていない子もいるでしょうか。

 思えば学校を卒業して、やっと宿題から解放されたかと思っても、期限を決められた仕事、宿題のようなものは社会へ出てからもたくさんあります。
 次から次へと舞い降りる「宿題」のような仕事、課題。日々の家事もそうかもしれません。
 そう思うと、実はいろいろな宿題を私たちは抱えていることに気が付きます。

 プーチン大統領のウクライナ侵攻から半年、戦後77年を数える今年は、より平和について考えずにはおれません。
 「平和の宿題」は決して終わるものではなく、一日、一日向き合っていくことが大切です。
 その中で、何をヒントに平和と向き合いましょうか。

 仏教では、「兵戈無用(ひょうがむよう)」を言います。
 人と人との交流の中では、決して兵士も武器も用いてはならないと。

 戦犯刑死した東条英機元首相は巣鴨監獄の中で、「もっと早くに仏教を聞いておけばよかった」と言ったそうです。
 その最後を看取った、真宗僧侶の花山信勝さんは、「武器なき平和」は決して簡単なものではないけれど、それに向かおうとする「強い慈悲の心」によって必ず成し遂げられると記されています。

 慈悲の心とは相手の心を慈しむ心。その中に平和と向き合うヒントがあると聞かせていただきます。