どこまでもわたしとともに (其の1)

  光壽無量

 あたらしい年を迎えたとともに、能登地震より一年が経ちました。
 これからも思いは持ちつつ日々を送らせていただきたいことです。

 年末年始とあるお寺のご門徒さんより病院から電話をいただきました。
「せんせ、いまベッドの上で、もう下のお世話もしていただいているの、主人も別の病院にいるの。」
 いつも元気な声で法悦を話される同行さんがずいぶんの生気のないお声でした。

「でもね、看護師さんはじめほんとに温かく、よくしてくださってありがたい。おかげさま、おかげさま。」と、明るく語られて、感謝の思いが伝わってきました。

「そんな中いろんな先生のお育てをあじわっているの。お釈迦さまの喩えの第四夫人のことや、やっぱりお念仏だけなんだと。なんまんだぶ、時々低血糖になって意識がなくなることがあるの。なんまんだぶ、なんまんだぶ。」
 と、お電話でのお念仏です。

 比喩経または雑阿含経にお釈迦さまが喩えられたお話は、「昔、4人の妻を持つ男がいて、第一、第二、第三夫人を大切に慕いましたが、第四夫人はあまり眼中にはなかったのでした。

 そんな男がいよいよ死を迎えていくことになり、寂しさのあまり第一夫人に、「一緒に行ってくれ」と頼みます。

 しかし第一夫人は、「一緒に行くのは嫌です。」と断られました。第二夫人も断わられます。
 第三夫人は「お見送りだけはします」と、ついてはきてくれません。


(2月16日・其の2へ続く)