善い人 悪い人 (其の2)
(9月1日・其の1より続)
どちらですかと問われるとなかなか言い出しにくいものです。
実は、善人や悪人がいるわけではなく、私が善人、悪人との分別をしているのでしょう。
相手を思いやる心、人のためにという親切心があって、自分で善いと思われる行動をすることもある。
しかし、自分に執着して、気に入らないことがあると腹を立て、鬼のような冷たい心が生じること、相手を批難することもあります。
欲の心にさいなまれてしまうことだって生じてきます。
『歎異抄』には「さるべきご有縁ももようさば、いかなる振る舞いもすべし」と、聖人が唯円坊におっしゃったといわれます。
わたしたちは、縁にふれると何をしてしまうかわからない心をもっているのです。善人も悪人も我が凡夫の姿であります。
仏法に遇うことは本当の自分に気づかされることであり如来はそんな私をすでに見抜き、慈しみの心をもって、常に抱きとってくださいます。
私にかかりはて、哀しみの涙のうち、赦したもう智慧の光に照らしだしてくださっていることにであわせていただくのです。
その親心に遇うことは「お恥ずかしいこと、有難きこと、もったいないこと、尊きこと」と、頭が下がり、唯々お念佛がこぼれてくださいます。