雑毒(ぞうどく)の善

 今年は早くに梅雨が明け、真夏日が続きます。蝉の声も聞こえてきました。
 この7月、8月は新盆旧盆の行事があり、故人やご先祖に思いを寄せる大切な時節でもあります。 お盆は、私たち門徒としてどうお勤めさせていただくのでしょうか。

 年回法事を「お寺さんでお勤めしておいてください」とか、「自分は毎日仏壇でのお参りしておりますので勤めなくてもいいのでは」とおっしゃる方がいらっしゃいます。
 これらは、「私のこと」とするのでなく、逆に私の参る行為を励み、頼みとする「自力」の功徳を積む行いでありましょう。

 親鸞聖人は、ご『和讃』に

「悪性さらにやめがたし こころは蛇蝎のごとくなり 修善も雑毒なるゆゑに 虚仮の行とぞなづけたる」

 と、私たちが自分で励む善根や功徳には、毒が混じっていて何の効もないのであるとことを示されました。

 また、聖人の言葉を忠実に書き著わされた『歎異抄』には、

 「相手がどれほど不憫で、愛おしく、助けたいと思っても自分の力ではどうすることも出来ません。また父母の追善供養のために一度もお念仏を申したことはないと聖人はおっしゃったのです。
 何故ならば念仏は私が励む善根でなく、阿弥陀さまの私を拯うはたらきであり、私に南無阿弥陀仏と称えさせ、信じさせ、摂め取り、迎え取ってくださるお慈悲であります。」  (私訳)

 と、示し下さってあります。この私を目当てとされる仏のはたらきに遇わせていただくのです。
 お盆も「仏法に遇ってくれよ、念仏申す身となるのだよ」と仏と成られた方々の願いを聞かせていただくご縁です。