帰去来(いざいなん)
坊守が中庭の掃除に入ると、なんとかわいいネコの赤ちゃんが4匹。
生後ひと月ほど経っているでしょうか、母ネコとじゃれあい、お乳をせがんだりしていました。
こちらの存在に気づくと「ウー、ウー」と警戒し、それを合図に子ネコたちは身を隠しています。どうやら溝を伝って中庭に入れたようです。
4匹の子ネコたちは、静かな中庭で、軒下では雨をしのぎ、いつも一緒に身を重ねる様に寝たり、しばらくは、中庭をわが物顔で、木に登ったり、植木を引っ張ったりして遊んでいました。
飼ってあげることもできず、食べ物を与えることも躊躇していましたが、しばらくすると旅立ったのか姿が見えなくなりました。
ここはいい環境だろうと思っていたのですが、ネコたちにすれば、終の棲家ではなく、居場所を求めて去っていったのでしょうか。
中国の善導大師は
「帰去来(いざいなん)、魔郷には停(とど)まるべからず。
曠劫(こうごう)よりこのかた六道に流転して、尽(ことごと)くみな経たり。
いたるところに余の楽なし、ただ愁嘆の声を聞く。
この生平(しょうひょう)を畢(お)えて後、かの涅槃の城(みやこ)に入らん」
(『観経疏』)
と著わされました。
生きることは、苦しいことや悲しいこと辛いことなど様々な事が起こるが、どうにもできない。だから「愁嘆の声」が出てしまうのだろう。
また、声にならない嘆きを持つことだってある。
そこに気づくとき「帰去来」と、いのちの往くべき道をはっきりさせるのです、と教えてくださるのです。
涅槃の城、浄土の世界とは、私たちが現実からの逃避や、来世の話ではありません。
むしろやるせない思いを持ちながらも、日暮をしている私に届いている一筋の道であり、照らしだされるはたらきであります。
その道を歩むとき、生きることの意義が味わえます。