寄稿カフェ ”わかっちゃいるけど やめられない”
御同行・落合さんからの寄稿
少し前の事ですが、NHKのテレビで昭和の大スター”植木 等”さんの事が放映されており興味深く見ておりました。
植木さんのお父様は名古屋別院の僧侶。幼少の頃を名古屋で、その後お父様は三重県度会郡の浄土真宗・西光寺の住職を務められ、村人の門徒衆を集め、膝つき合わせ「人は常に平等である」と訴え、法話をされていました。
当寺の日本は戦争時代。思想的に反したことで住職を追放され、少年の植木さんはお父様の代わりに村人の門徒さん達に助けて頂きながらお寺を守り、ずいぶん苦労されたようです。
やがて終戦を迎え、お父様がまた住職として復帰されたので植木さんは修行のため東洋大学へ入学。そこで音楽に目覚め、友達とバンドを組み、”ハナ肇”さん達とクレイジー・キャッツを結成し活躍されました。
ある時植木さんに「わかっちゃいるけどやめられない」という歌詞でスーダラ節を唄ってと依頼されましたが、植木さんは「こんな無責任で不真面目な歌は唄えない」と断りました。それを知った僧侶のお父様は、
「スウタラとは仏教の言葉であり、それに『わかっちゃいるけどやめられない』これこそ人間・煩悩・凡夫そのままの姿で、そこをお救い守って下さるのが佛様だ。」
”唄うがよい”とすすめられ、云われるまま、しぶしぶ唄ったところ、惣皆の心に共感され、日本中に広まり大ヒットとなったそうです。
昭和の時代に大ヒットしたこの事を70数年もたった令和の今の時にNHKで放映され、私は深く考えさせられました。
「わかっちゃいるけどやめられない」事ばかり煩悩に満ち、迷い、欲望、怒り、妬み、心も身体も悩ませ、愚かな凡夫の私を阿弥陀如来様は「かならず救うわれにまかせよ」と、いつも私のそばにいらっしゃいます。
この救いに恵まれた私は、常に報恩の念仏を申し上げ、感謝の日暮しをさせて頂きます。
合 掌

(※構成都合で原文を一部編集させて頂きました)