2022春秋回顧・無量寿会
今年の活動・取組みまとめ
3月24日【追悼法要】
3月の無量寿会は、先にお浄土に往生された会員方々の追悼法要をお勤めさせていただきます。今年は、4名の方々を偲びつつご縁にあわせていただきました。
無量寿会は毎月顔を合わせるつどいで、温泉に行ったり、新年会で飲んで歌ってゲームして、面白おかしくの想い出がいっぱいなので、お一人お一人と感慨深いことです。そして、淋しい思いも積もります。
でも、こうして仏法にあわせていただき、南无阿弥陀佛のお拯いに遇う人生は、この五濁悪世の此岸を越え、さとりの境涯である彼岸へと生まれさせていただくのですね。彼岸というと墓参りという方が多いようですが、彼岸とはお浄土です。
彼岸からこの私にはたらかれているのですから、方向が違っています。お墓に参れば、先祖さんが喜ばれると、こちらからお墓や先祖さんに向かって何かしてあげるのではなく、向こうからのはたらきに気づかせていただくのです。
お参りによって手を合わすご縁ができました。
南無阿弥陀佛とお墓に刻まれているのは、先祖になっているのではないのだよ、いつでもあなたの上にナムアミダブツととどいているのだよとお示しくださるのです。彼岸からの願いに遇うのです。
(法話より)
5月18日【例 会】
“会員さんからの声”を聞かせていただきました。井関さんは5月1日の大遠忌法要を感慨深く、尊く、有り難くお参りさせていただいたというお話で、
50年前の親鸞聖人700回大遠忌法要では自分は学生運動などの真っ盛り。まったく宗教など、浄土真宗さえ少しも関心が無かったそう。
兄(前住)に言われ、大江淳成和上の送り迎えをさせていただき参拝したが、どのようなご法話だったのかも、覚えがないことが今となって残念でならないそうです。
保地さんは曾孫さんがお稚児さんのご縁にあわせていただき、孫たちも家族一同参拝できたこと、落合さんは大遠忌法要であえて感無量だったこと。
それぞれの思いをお話くださいました。
お茶タイムのあと、親鸞聖人降誕会の歌、会員さんの誕生日を訊ねながら、「生まてきてよかったね、仏法に遇わせていただいてよかったね」と、お一人お一人拍手喝采でした。
7月20日【例 会】
第1問 『お盆のお参りは友引が良い』「真宗では日の良し悪しはいわないから、xやな」
・・・スゴイ!皆さん×です。あなたはいかがでしたか?
ではこれらはどうでしょう。
第2問 『お盆は先祖さんや亡き方がかえってくる』
第3問 『青森ではお盆にお米と大根を刻んだものを墓に撒く』
第4問 『お盆にはウナギを食べる』
第5問 『京都の大文字焼きはお盆の行事である』
第6問 『お盆の提灯は迎え火である』
第7問 『沖縄のエイサーは盆踊りである』 第8問 『お盆にはキュウリやナスビで馬や牛を作る』
第9問 『お盆の時だけお念珠は頭に乗せる』
第10問 『阿波踊りは盆踊りである』
第11問 『お盆の仏壇のお飾りは五具足で迎える』
お茶タイムの後、ひょんなことから内陣参拝に。「そういえばこんなこと初めてやなぁ、中でお話を聞いたことなかったです」
と、よきご縁となりました。
(なぞなぞ解答)②x③○④x(好き々きですが(笑)⑤○⑥x⑦○⑧x⑨x⑩○⑪○(三具足ですがどちらでもいいようです)
11月2日【無量寿会報恩講】
『正信偈・五十六億和讃』をお勤めの後、ご講師は四日市市/明圓寺・橋本健人師のご法話。
「報恩講は親鸞聖人のお仏事をお勤めさせていただくのですが、以前は、何で毎年いつもより盛大にお飾りをしておつとめせにゃならんのやろ?直接会ったこともないし、顔も見たことがない、声を聞いたことがない人のご法事って何だろう?
と思っていたけれども、だんだんお聞かせをいただく中に私と関係のないお方ではなかったと感じています。
なんまんだぶつ、なんまんだぶつとお念仏申す中に、“私が必ずお浄土に生まれて仏と成って、今度は残された方々をたすけていくのですよ。
そういういのちなのだから安心して生きていける”と親鸞さまが教えてくださったおかげを思います。
最近ご法事に『極楽の絵本』『地獄の絵本』を持っていくと、ほとんどの方が地獄の本を見られます。何か自分のうしろめたさを探してしまうのかもしれません。
しかし極楽は阿弥陀さまの願いによってできているのです。
“私が君を護っているから何があっても大丈夫、どんな風でもいいから、どこまでも生きていくんだよ”と常に私を支えてくださってありました。
仏さまからみると、どのいのちも輝いている尊いいのちであるとみられます。
青い蓮は青いままに、黄色い蓮は黄色いままに輝いてあると、私は私のままに輝いてあるのだと知らせてくださいます」
と、分り易く、楽しくお話しくださいました。