お寺日記(令3年8月④)
お盆法要
今年初盆を迎えられたお家では、7月、8月上旬にお仏壇の隣りに提灯を掲げ火入れの法要をおつとめしました。
14日は初盆報謝(ほうしゃ)、16日は、お盆でご安置していた提灯を本堂に掲げて灯(とう)籠送り(ろうおくり)歓喜会(かんぎえ)法要(ほうよう)をおつとめさせていただきました。
今年も、流行禍の感染防止として密を避け、二部に分けておつとめさせていただきました。
それぞれの在りし日の面影、ご遺徳を偲ぶとともに無常(むじょう)の中、愛(あい)別離(べつり)苦(く)(愛するかけがえのないものとも別れていくことの苦悩)の悲しみを抱えている人生であり、そこに仏法こそが届いていることを聴かせていただくご縁をしみじみと味わいました。
死の縁(えん)無量(むりょう)といわれ、それぞれの寿命を終えるいのちは、終(しま)いに成るのでもなく、供養(くよう)してあげるいのちになっていくのでもない。
お聖教(しょうぎょう)には「阿弥陀如来の浄土の世界は無限の光りに満ちあふれた世界であり、ご信心をいただき念仏の教えを喜び、この世の命を終えたものは本願のはたらきによって間違いなく光の浄土に往き生まれ、この上ないさとりを開き仏と成られる。
仏と成ることは、迷い苦しみの煩悩を離れ、安らかで穏やかな境地に至る。そして、この私をすくうために私のもとに還(かえ)ってきてくださる」とあります。
仏の光りは消えることなく、絶えることなく常に私を照らし、寄り添い、導いてくださってあります。
どうぞ皆さま、先に浄土往生された方々の願い、おはたらきが今届いてくださることを聞き受けてまいりたいことです。