あどみん帖(2201)

 新年明けました。
 今年も宜しくお願いします。

 令和という元号も3年が経過し、そろそろ日本人の意識にも根づき始めた頃ではないでしょうか。
 先日、当寺近隣を通る国道25号線・名阪国道と呼ばれる道路沿線にある私設のドライブインが、3月を以って55年の営業に幕を下ろすという地域ニュースがありました。

 私にとっては自動車の運転免許を取得し、車を運転する事が面白くて仕方なかった若かりし頃、休憩場所としてよく利用した場所です。
 昭和がまたひとつ記憶遺産となるようで寂しさを感じました。

 元号「昭和」は最も長く、よく「激動の」という冠言葉が付けられるように、社会変革をはじめとした多くの出来事、変化が詰まった時代。
 昭和40年代頃までの生まれの方には懐かしむ記憶も多いのではないでしょうか。
 当寺来月予定の無量寿会例会では会員さんの懐かしい写真を持ち寄り、思い出話を語り合うようです。

 このドライブイン閉鎖のように、森羅万象、形あるものに永遠はなく、時時により創造と遺失を繰り返します。
 (余談ですが「森羅万象」とは仏教経典に由来するそうです。)
 しかしながら、ヒトが持つ思い、意識といったものだけは、語り継がれ、教授され、時時変化や差はあっても共通永遠と言ってよい唯一の事象ではないでしょうか。

 例えば「信心」という行為。ピンチの時「神様、仏様~」と口をついたり、「自分を信じて」など、歴史、世代を問わずヒトの心に宿り続いています。

 「唯物論」「唯心論」という先・後の論議も古来よりなされますが、「すくう者」「すくわれる者」同様、相互不可欠の存在である事に違いはなく、そこに「心」があります。

 とりとめない話になってしまいましたが、自身であれ他人であれ、「普遍であり不変」である「こころ」の中は大切にし、良いものであることと信じたいものです。