お寺日記(令6年11月_2)
-南組すす払い-
令和6年11月24日(日)
浄土真宗のお寺は「聞法の道場」といわれるように、法要儀式をご縁としてご門徒や有縁の方々が阿弥陀如来の本願にであい、ご本願を聞かせていただくことが、人として生まれてきた所以であるのです。
他の誰の問題でもない、私自身の大きな問題は、
「何のために生まれてきたのか、なぜ生きているのか、何処へ向かって生きるのか」
己のいのちの問題です。
しかも、死の縁無量といわれるように誰も明日という保証もないいのちを抱えながらも、それに気づくこともできない私がいます。
この「生死いずべき道」を親鸞聖人がお示しくださった唯一の道を、ともに聞かせていただく仏事が「報恩講法要」です。
報恩講をお迎えするにあたり、南組の皆さまには早朝よりすす払いをお世話になりました。
長押や天井、畳から、後堂と何度も雑巾を換えてはきれいに拭き上げていただきました。
皆さまのご参拝の道場を荘厳くださいました。どうぞ一座でもいのちのご縁を聞かせてせていただきましょう。
阿弥陀さまが、親鸞さまがお待ちです。