御同行の部屋【無寿23112】
無量寿会報恩講
11月9日
白山町/専念寺の加藤幸子師とともにおつとめさせていただくことが出来ました。
御開山から直々にみ教えをいただいておる。やっと今生、なんまんだぶつ、仏法にあわせていただいたこともったいない。
「噫(ああ) 弘誓の強縁、多生にも値(もうあ)ひがたく、真実の浄信、億劫にも獲がたし。たまたま行信を獲ば、遠く宿縁を慶べ」
一切がお念仏をよろこぶご縁でした。
時はいつでも今、もうちょっとしてからじゃあかん。仏法はつねに“今”この今が過去になり、未来になるんです。
今日は「薫習(くんじゅう)」について、周梨槃特(しゅりはんどく)尊者に聞かしていただこうと思います。
周梨槃特さんは『仏説阿弥陀経』の会衆でもあります。
お兄さんとお釈迦さまのお弟子になられたのですが、とても覚えるのが苦手で、なんでもすぐに忘れてしまう方でありました。
お釈迦さまも随分心配され声をかけられました。
「私は愚かで、何一つ覚えることができません」
と嘆く周梨槃特にお釈迦さまは、
「心配いらない、自分が愚かであると知ることは智者である。この箒で“塵を払わん垢を除かん”と繰り返しつつ掃除をなさい」
とおっしゃいました。それでもこの言葉が覚えられないと嘆くのです。
周りのお弟子達が声掛けをするようになりました。
そして、この言葉が染着いていかれ、「塵や垢って何だろう」一途に考え、やがて塵も垢も自分の心の煩悩であり、それを払うのであると覚られていかれたのです。
「自分もお法りに遇うまでは愚かなことばかり、そういういのちなのだから安心して生きていける」
と親鸞さまが教えてくださったおかげを思います。