お盆 つながるいのちの気づき(其の2)

(8月1日・其の1より続)

 「人とのかかわりが煩わしい」と思う方が増している昨今でしょうか。
 今までこの方にはお世話になってきた、様々なことはあったけど今ここにある私は、この方のおかげ、と出会いのご縁、先往の方々を偲びつつ、自分を見つめる余裕を大切にしたいです。

 それは仏法に遇うこと、聞かせていただくことからから始まるのでしょう。
仏法は、そうしたつながりあういのち「縁起」を要としてきました。

 自分だけが「しあわせ」にひたる満足でなく、そのしあわせを周りにも届けていく、自利・利他の精神なのです。どちらかというと他のよろこびを先としていく、お子さんやお孫さんに対して、その子の笑顔をみることが自分の楽しみであるように。
 それがまた「慈悲」といわれることではないのでしょうか。

 親鸞聖人がご和讃に、

自利利他円満して 帰命方便巧荘厳
 こころもことばもたえたれば 不可思議尊を帰命せよ

と讃えられました。

 阿弥陀如来の回向が、一人ひとりのいのちに届いていることで、念仏を依り所に生き、お互いに御同朋とともに歩ませていただく世界が開かれるのです

と親鸞聖人はお示しくださるのです。

 ♬さあさあ みんなで輪になって
        椋本音頭でひと踊り♬

 つながるいのちのご縁をともどもに。