3月11日・14時46分

 東日本大震災。あれから12年、今年は13回忌の法要の年。
 今年もその日、その時間がおとずれようとしている折、とある女性より
「この日は何か仏事などあるのですか?」
 と、問い合わせがありました。

「すみません。仏事、法要のお勤めはありませんが、毎年追悼の鐘を撞かせていただいています。」
 との答えに、震災後幾度となくボランティア活動に被災地を訪れたという彼女は、
「私も撞かせていただいてよろしいですか。何か東北とのつながりを持っていたくて。」
 と、言います。

 当時、ボランティアを受け入れてくださっていた仙台別院に寝泊まりしながら、傾聴などの活動を続けておられたとの事です。
 だから今も「つながりを持っていたい」、その思いに車で1時間ほどかけて鐘を撞きに来てくださったのでした。

 私はその日お寺の春季永代経に出講させていただいていて、まさにその時間は縁台の前。
 永代経とは、ずっとお経が勤まりますよう、お経にであえますようにという願いの中でおつとめされるご法要です。

お経に遇うとは「阿弥陀さまの願い・拯いにあうこと」、今お互いが、ご縁にあわせていただいている意義などお話ししつつ、時計をちらほら見ながら14時46分を迎える。

「ご法話の途中ですが、まもなく東日本大震災の発生時刻となります。皆さまと哀悼の意を表しつつ、お念仏させていただきましょう、ナンマンダブ、ナンマンダブ・・・。」
 しばらく本堂ではお称名の声が続きました。 今頃鐘が鳴っているのだろう、
 多くの方々も様々な思いで今を迎えているのだろう、

 と、合掌させていただきました。