たとえ一人になろうとも仏はあなたと共にある

 いつの間にか朝晩はすっかり寒くなり、山の木々が色づき始めるなど、徐々に秋の深まりを感じます。
 夏の暑い時は気にも留めませんでしたが、秋になり気温が下がってくると、人は寂しさや悲しさ、不安を感じやすくなるそうです。

 もう10年ほど前でしょうか。家族と離れ、一人暮らしを始めたばかりのころ、特に秋の冷え込みには寂しさを覚えたことでした。
 学校で友達といるときは何も感じませんが、アパートに帰ると〝ひとり〟です。
 今となればひとりでも何とも思いませんが、当時は〝ひとり〟に漠然とした寂しさを感じたことを覚えています。

 または、人生の不安や苦悩、体の不調などを抱えているときなどは、誰かと一緒にいても孤独を感じ、誰も分かってくれない、誰に言ってもしょうがないと塞ぎ込んで、〝こころのひとりぼっち〟を感じることもあるでしょう。
 私たちは、様々なきっかけで〝ひとり〟であることを感じ、不安や寂しさを覚えていきます。

 仏教を説かれたお釈迦様は、人のいのちの姿の本質は「ひとりぼっち」であると説かれました。
 誰にも変わってもらえないいのちを生きているし、変わってあげられないいのちを生きている。
 ひとりで生まれてきて、ひとりで生き、ひとりで死んでいかなければならない。それが人のいのちの本当の姿であります。

 そのうえで、「ひとりぼっち」の寂しさ、不安、悲しみを生きていく道を、「南無阿弥陀仏」と示してくださいました。

 南無阿弥陀仏とは、「けっしてあなたをひとりぼっちにはしない」「いつもそばにいる」との阿弥陀さまのよび声です。

 悲しい時はお念仏、寂しい時はお念仏、嬉しい時もお念仏です。
 そして、ひとりで命終わっていくのではないですよ。仏として、仏さまの世界であるお浄土へ生まれ、今度は残してきた大切な方たちを支え、導いていくはたらきとなるのですよ。決して死んでしまいではないのです。
との阿弥陀さまのよび声です。

 そのことを、富山県の僧侶、雪山隆弘先生は、エッセイ集『ブッド・バイ みほとけのおそばに』にのなかで「たとえ一人になろうとも仏はあなたと共にある」と味わっていかれました。

 平成2年、専修寺の法要で雪山先生がお話しされた時の映像をインターネット動画サイトYouTubeで見ることができます。
 ぜひ、お念仏と共に秋深まる日々をお過ごしください。