降り注がれる 智慧と慈悲の甘雨

 桜の満開の景色に心が和みます。
 冬枯れの、枝だけを見せていた木が、淡薄紅の花で覆われている。
 咲き誇るかの姿に、どれほどの光りが、雨が降り注がれたことでしょうか。

「花を支える枝 枝を支える幹 幹を支える根。根は見えないんだな」

 という相田みつをさんの味わいがあります。

 それぞれが支え合って成り立っている木の姿。しかし、すべてを支えている大切な根は土の中で見えません。
 見えないけれど、根がしっかりと張っていなければその木の姿はたもてません。見えない大きなものに思いを寄せる心の豊かさを感じる言葉です。

 さて、四月八日はお釈迦さまのお誕生を祝うはなまつり、灌仏会です。お釈迦さまはルンビニ―という花園で誕生されました。

 七歩歩まれて、天と地を指し示し「天上天下唯我独尊・三界皆苦我当安之」とおっしゃいました。

 すると天から甘露が降り注がれたとあります。そこから、花御堂を設え、誕生仏を安置し、甘茶をかけてお祝いするのです。

 これは、お釈迦さまのいのちのすがたを讃えたお話なのです。

 かけがえのないわたしの命の誕生と、七歩歩むとは、六道(地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天上)の迷いの世界から踏み出すことを教えています。
 すなわち、戦争や差別、いじめ、憎しみの心、我執、快楽、うぬぼれの世界を離れていくところに仏法のめざす悟りの境地、生き方があるのです。

 だからこそともに仏法の教えを聞かせていただくのです。

 その教えとは、阿弥陀さまの智慧の光、慈悲の潤いのはたらきがいつもわたしに降り注がれていることの教えです。
 それはお釈迦さま自身にも注がれた甘露の雨と譬えられたことなのでありましょう。

 枯れた地に潤いの雨が降り、草木が育つように、智慧と慈悲のはたらきは、六道に迷う私を、み教えを聞く身にさせ、念佛を称えさせ、阿弥陀さまとともに七歩歩んでいける行人へとお育てくださるのです。