語るお盆
今年は流行禍の影響で、遠方のお子さんやお孫さんが、なかなか帰省がしにくいというお盆になるのかもしれません。
お盆についてよくテレビなどを見ていますと、さまざまなお飾りをお仏壇に飾られているのを見ます。特に代表的なのが胡瓜の精霊馬と、茄子の精霊牛でしょうか。
早く帰ってきてほしいから足の速い胡瓜の馬、ゆっくり向こうへ行ってほしいから足の遅い茄子の牛だそうです。
先立った人に会いたいという思いが形になったものといえるでしょう。
お盆にだけ帰ってきて、お盆が終わったらあちらに行ってしまうということは、少し寂しいような気がします。
浄土真宗では特に「これ」といった特別なお飾りは定められていません。
地方によっては、広島などではお墓を賑やかにお飾りしたり、大分などではお仏壇に大きな提灯の飾りをするそうです。
椋本でも特に初盆を迎えるお宅では、亡くなられた方の法名が入った提灯をお飾りしています。
それぞれの地域に根差した文化や思いが形となってみることができます。
それは先立った方が「お盆だけ帰ってくる」という教えではなく、いつも還ってきていて、仏さまとしてはたらいているという教えにもとづいています。
だから特別ということは無いのです。それぞれが、思い思いの形で迎えられたらいいのではないでしょうか。
では、お盆は特に特別な行事ではないのかといえばそうではありません。
日々の慌ただしさの中で、なかなか思いを寄せることができなかった方に対する思いを致す時間が作れること。
また日本の帰省文化では、多くの人がお盆に実家へ集まります。親戚一同で先立った方の思い出などを語り合うという時間が作れること。
それによって、先立った方のやさしさ、ぬくもりに会っていくことができます。これも、大切なことではないでしょうか。![]()
なにより、たくさんの人と、先立った方も私も、同じ阿弥陀さまのはたらきの中にあると気づいていくことが大切なことでしょう。